2024.03.31
「口腔機能発達不全症」とは
「口腔機能発達不全症」という言葉を聞いたことはありますか?
“口腔機能発達不全症”とは、「食べる機能」、「話す機能」、「その他の機能(呼吸など)」が十分に発達していないか、正常に機能獲得ができていない状態で、明らかな食べる機能(摂食機能)となる障害の原因疾患がなく、専門的なサポートが必要な状態のことをいいます。
日本では、小学生で虫歯にかかったことがある児童は約45%で、年々減少してきていますが、上手く噛めない、発音(構音)がおかしい、口呼吸をする、いびきをかくなど、口の機能に何らかの問題を持っている子どもが増えています。
このような背景から、2018年に「口腔機能発達不全症」という病名が設けられ0~15歳未満のお子さんの治療が保険適応されるようになりました。さらに、2022年には口腔機能発達不全症の治療の保険適用対象年齢が、15歳未満から18歳未満と3歳拡大されています。
口腔機能発達不全症のまま成長すると、呼吸の悪化による学習や運動のパフォーマンス低下や容姿などに影響が出たりするだけでなく、成人してからの健康リスクや、高齢期の歯の欠損や健康リスクが高まるとった悪影響があります。
生まれつきの疾患もなく口腔器官のそのものに異常があるわけではないのに、うまく機能していない場合、その原因として、子どもが成長していく中で獲得していく運動機能が影響していると考えられています。
運動機能の発達について
身体は
中枢➡末梢、
粗大運動➡微細運動
の順番で発達していきます。
粗大運動:「座る」「立つ」「歩く」「走る」などの身体を大きく使う動作。
微細運動:手や指先を使う飲食や字を書くなど細かい動きにあたる動作。
口唇閉鎖、舌運動(前後・上下・左右)など口腔の運動機能は微細運動に含まれ、正しい咀嚼運動や構音動作を獲得するには体幹をしっかり安定させるなど粗大運動を獲得していくことが口腔の運動機能発達の土台となります。
赤ちゃんがお母さんの胎内にいるころから始まる運動機能獲得。
運動機能の発達について一部分をご紹介します。
●離乳の頃の粗大運動と口腔機能の発達
【離乳初期】
喃語がでる・支えると座るなど上半身が安定してくる。
→口唇が閉じやすくなり口唇閉鎖機能が獲得される。
【離乳中期】
ハイハイする・お座りができるなど背筋、腹筋が鍛えられ下半身が安定
→舌を口蓋に押し付けることができるようになる。原始反射※による舌の前後運動から徐々に自分の意志で動かすことができるようになり、舌を上に挙げ口蓋で食べ物をつぶせるようになる。
※原始反射…赤ちゃんが生まれたときからみられる、さまざまな刺激によって無意識的に反応する反射動作
【離乳後期】
ハイハイからお座り・お座りからハイハイなど自在に体位を変換できる。
→舌を左右に動かして歯ぐきに食材を持っていきながら上下の歯ぐきで押しつぶすことが可能になる。
運動機能の発達は階段をあがっていくように、ひとつずつ積み重ねられ徐々に獲得される機能が増えていきます。
これには個人差はありますがおおよその順序があります。
この運動機能が獲得されるときに、他の要因によって獲得が不十分となる場合があります。
例えば赤ちゃんや子どもの姿勢です。
正しい姿勢が保たれると口腔内の舌の位置も安定します。安静時には舌が口蓋に付いていて、上顎の歯列が整い顎や顔面の成長を促します。
赤ちゃんの抱き方によって、首が後ろに倒れてしまい姿勢が崩れると舌と口蓋が離れた不安定な状態が続き、口が開きやすくなります。この状態では鼻呼吸がうまくでず口呼吸が多くなり、歯列不正、顎・顔面の成長の妨げ、睡眠障害や、おねしょの問題、さらには発育発達にも影響することも。
また、立った状態や座位の際に頭位前方になる姿勢では、舌骨下筋(肩甲舌骨筋、胸骨舌骨筋)の働きによって舌骨が下方に引っ張られ、口が開きやすい姿勢になります。
骨が安定した位置にないと、筋肉の成長が妨げられたり、動きが制限されたりして、うまく機能せず十分な運動機能を獲得できないことがあります。口腔機能は全身の姿勢や発達状態に左右されるとういことです。
人間が歩けるのは、重力に対して立位の姿勢を保持するための筋肉である抗重力筋や主要姿勢筋の働きがあるから。
これらの筋は、うつぶせ寝での頭の持ち上げ➡首と肩を持ち上げる➡支えられれば座る➡一人で座る➡ハイハイ➡つかまり立ち➡伝い歩き➡歩行と、体位変換を獲得し体幹から鍛えられていく過程で発達します。
おおよそこの順番で機能を獲得していきます。そして、獲得した機能から発展させ次の運動機能を獲得していきます。
赤ちゃんの運動機能の発達が不十分だと立位姿勢を保持する筋肉の発達が不十分となり、口腔の発育や発達、呼吸機能にも影響を及ぼします。小さい子が食べ物をよく噛まずに丸のみしてしまう場合は、座位が安定していないため、舌の動きや顎の動きが不十分になっているなどの身体全体の発達に問題があるかもしれません。
口腔機能は全身の運動機能と相互に影響しあいながら発達し、顎・顔面や口腔の成長にも影響を及ぼします。全身を使った遊びや運動をしたり、正しい姿勢で過ごす時間を増やしたりといった粗大運動の獲得・機能の強化をし、筋肉を育て、身体の上にある首や顎、顔の成長や機能発達を促すことも大切です。
口腔機能不全症を見逃さないために
口腔機能の問題に関して、子どもたち自身が“異常”として感じていないことが多く、最初に気付くのは一緒に生活している保護者であることがほとんどです。この機会にお子さんのお口に注目してみてはいかがでしょうか。口腔機能や噛み合わせなどについて不安なことがあれば、歯科医師にご相談することをお勧めします。
生涯を通じて健康な身体づくりのために大切なお口。小さい頃の習慣が将来の健康状態にも影響します。しっかりと噛めるお口を育てましょう。
【参考】
●「全身に目を向けて変わる、広がる口腔機能の発達支援」
赤井綾美,日本家政学会誌,Vol.68,No.9,486~491,2017
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jhej/68/9/68_486/_pdf(2024年3月20日利用)
●日本小児科歯科学会「これからの小児歯科医療のあり方について」
https://www.jspd.or.jp/recommendation/article01/(2024年3月20日利用)
●公益社団法人日本歯科医師会「歯科関係者のための食育支援ガイド(2019)」
https://www.jda.or.jp/dentist/program/pdf/syokuikushiengaido2019.pdf(2024年3月20日利用)
●日本歯科医学会「歯科診療に関する基本的な考え方(令和2年版)」
https://www.jads.jp/basic/index_2020.html(2024年3月20日利用)