2023.11.27
「噛む」ことは食べるために役だっているだけじゃない
近年、「噛む」という行為に消化の促進、アゴの発達、認知機能への影響といった健康面へのメリットがあることを耳にするようになってきました。さらに、スポーツにもよい効果をもたらすことがわかってきました。東京五輪以降、日本でも「スポーツ歯学」の分野が発展し、「噛むこと」と「スポーツ」の関係についての研究が進められています。スポーツ医・科学に基づき適切に指導・助言のできるスポーツ歯科の専門家「スポーツデンティスト」という公認資格を取得し、スポーツ現場で活動されている先生も増えてきています。それほどに、スポーツにおける口の状態(歯と口の健康)は重要だということです。
スポーツに口と歯の健康状態がもたらす影響
1.身体づくり
歯の痛みがあったり噛み合わせが悪いと、十分な食事量を摂取できないほか、食べ物を細かくできず消化不良を引き起こす可能性があります。摂取する栄養が足りなければ、心身の疲労回復がうまくできなかったり、集中力・判断力が低下したり、怪我のリスクを高めることにつながります。口が不健康な状態では思ったように身体づくりができないほか、パフォーマンスの向上も期待できません。身体をつくるための土台のひとつである食事。食事を有効活用するためにも、お口の状態は重要です。
2.重心・姿勢を安定させる
噛み合わせが良い場合と悪い場合とでは、重心動揺(直立姿勢まっすぐに立った時に現れる身体の重心の揺れ)に違いがあります。噛み合わせたときの上下歯の接触面の広い方が「身体が安定しやすい」=「身体の軸(体幹)が整う」ため、効果的なトレーニングやより良いパフォーマンスにつながります。ゴルフや野球・テニスといった競技のスイングの質や、ダンスやバレエなどのパフォーマンスにも影響するということです。
3.筋力アップ、パワーの出力に影響する
踏ん張ったり、重い物を持ったりしようとすると、自然と歯を食いしばっていることが多いと思います。このとき、食いしばった奥歯にはおおよそ自分の体重くらいの力がかかっています。この「歯の食いしばり」は、全身の筋力を瞬間的に増強させる効果があることがわかっています。火事場の馬鹿力と言われるような、普段以上の力が発揮されるというのもこれが理由です。また、この全身の筋肉が緊張することによって関節が固定されるため、外部からの衝撃に対して身を守ることにつながります。
※バランス系・筋力系のスポーツでは、食いしばりは役立つ場面が多い一方で、速い動きを必要とする場合には食いしばりはマイナス効果になる可能性があります。
4.集中力・判断力にも影響する
噛むことには脳の血流をアップさせる働きもあります。
脳の中でも、記憶に関係している海馬や認知機能を司る前頭前野の血流がよくなり、記憶力や集中力と判断力が高められます。脳の発達、学習能力、記憶保持能力、また覚醒レベルをあげるといった効果が期待できるため、パフォーマンスを高めることができるでしょう。
5.気分をリラックスさせてくれる
噛む動作には、リラックスさせる働きもあります。
大切な試合前など緊張から口が渇いてしまって、余計にストレスが溜まって緊張が増す…というような経験をしている人も多いのではないでしょうか。これはストレスなどで自律神経系が乱れ、唾液の質・量が変わってしまうためです。
緊張がなかなかとれないときには、深呼吸やストレッチなど身体を緩めることも効果的と言われていますが、噛むことでもリラックスできるんです!噛むことは交感神経の興奮を抑制する働きがあるほか、噛んだ刺激により唾液分泌が促され口の中が潤うため、リラックス効果が期待できます。
このように、歯と口の健康はスポーツをする人にとってとても大切です。お口のメンテナンスは身体のメンテナンスと、噛むことはトレーニングと同じくらいの意味があります!身体をつくり、そして思い描くパフォーマンスを身につけるために口・歯の健康にも意識を向け、噛む時には身体の軸を意識して姿勢よく食べるようにしましょう。
【関連コラム】
●あごは使って育てる!~日々の「食べ方」が影響するあごの骨の成長について~
参考
1)日本歯科医師会 テーマパーク8020
https://www.jda.or.jp/park/relation/sport.html#1(2023年11月20日利用)
2)日本歯科医師会HP 歯科医師とは
https://www.jda.or.jp/dentist/about/index_10.html(2023年11月20日利用)
3)JSPO(公益財団法人日本スポーツ協会)
スポーツデンティスト
https://www.japan-sports.or.jp/coach/tabid899.html(2023年11月20日利用)
4)プロスポーツ選手の咀嚼筋機能に関するスポーツ医学的解析―プロサッカ―選手の場合―
大川 周治, 篠原 希和, 橋原 真喜夫, 足立 真悟, 操田 利之, 小村 育弘, 吉田 光由, 西中 寿夫, 阿部 泰彦, 津賀 一弘, 赤川 安正, 福場 良之;日本顎口腔機能学会雑誌;1994年1巻1 号,165-173
5)咀嚼筋機能に関するスポーツ医学的解析―バレーボール及びハンドボール選手の場合―
大川 周治, 篠原 希和, 橋原 真喜夫, 足立 真悟, 操田 利之, 小村 育弘, 吉田 光由, 西中 寿夫, 八塚 信博, 阿部 泰彦, 津賀 一弘, 赤川 安正, 福場 良之;日本顎口腔機能学会雑誌;1994-1995年1 巻1 号,33-44
6)陸上競技選手の咀嚼筋機能について─瞬発系種目と持久系種目との比較─
大川周治,小山夏実,松本大慶;日本全身咬合学会誌;2020年 26(1),1-3